レーガン政権の為替政策は?/日本と欧州の為替政策の違いは?

レーガン政権の為替政策は?

レーガン大統領は、「強いアメリカ」
を標榜して登場したこともあり、

 

強い国の通貨も強くなるべき
という信念から、強いドル政策を講じました。

 

そのため、海外諸国から米国に投資資金が集中し、
どんどんドル高が進んでいきました。

レーガン政権下での米ドル高のデメリットは?

米ドル高により、
米国から産業がどんどん海外へと出て行ってしまい、
米国内の雇用が冷え込んでしまいました。

 

つまり、米国の輸出産業型企業にとっては、
ドル高はネガティブな問題となり、
米国で産業が空洞化してしまったのです。

 

そこで、レーガン大統領は、
ドル高を食い止めるために、
1985年の9月のプラザ合意を打ち出したのです。

 

この効果は非常に高く、
大幅に円高ドル安が進みました。

 

実は、当初は
1ドル=180円程度のところまで円高が進んだら
止めるつもりだったと言われていますが、

 

一度勢いがつくと
マーケットは行き過ぎてしまうもので、
結局、このときは、
1ドル=120円付近まで円高ドル安が進みました。

 

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日本と欧州の為替政策の違いは?

日本と欧州の
為替政策に対するスタンスには
大きな違いがあります。

 

日本は輸出主導国ということもあって、
自国産業を守る必要性から、
極端な円高に進むことを嫌がります。

 

しかし、欧州の場合は、
ドイツやフランスのような輸出国があるにもかかわらず、
日本とは反対に自国通貨安を嫌がります。

 

これは、以前に、ドイツが
ハイパーインフレに悩まされた経験があるので、
インフレを抑制する効果のある
自国通貨高を好むためと考えられています。

 

実際、欧州の中央銀行の政策をみると、
何よりもインフレを阻止することが最重要だということが
感じられるはずです。

 

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